1898年4月27日付 琉球新報記事 画像□
○本県水産に対する某氏の談話

 

本県水産業に就て或る実業篤志家の語る所を聞くに本県水産業の概況を窺ふに足るのみならず営業者並に当局者の参考となるへきものあり乃ち記して以て其一顧を累はさんと欲す。

本県は西海道薩摩の南海中に散在せる島国なり。東は太平洋に面し西は清国福建泉州を遙々海水を隔て北は鹿児島県大島諸島と地脈を連れり西南は台湾島に接近し水族の種類また少なからず面して熱心漁業に従事するものは島尻郡兼城間切糸満村漁民のみ全体糸満人にあらざれば漁業はなし得ざるものの如く思惟し糸満人もまた漁業は特異の長所なりと自慢顔に沿海至る処荒さざる処なし。更に進で鹿児島県下大島諸島に航し漁業をなすものまた少なからず云わば大島以南の海面は糸満人占有の姿なり独木船(クリフネ)に乗り南海の激浪を冒して縦横航走時に依ては海難に罹り遠きは朝鮮近きは大島諸島に漂着することあり。食物尽き果て衣を裂て食い渇して尿を飲み九死に一生を得て帰港することも屡々これあり。此等の事は敢て珍しきことせず斯る海難を経たるものにあらざれば本当の漁業者にあらずと自慢の風あり。其大胆なる手腕は内地漁業者の企て及ばざる処なるべし。

漁業体に就ては近頃別に異常を見ずといえども漸次進歩発達し年々漁獲高増加せり、製造品もまた改良を加え価格も大に上進せり。尤も本県の特産たる夜光貝・蝶貝類の如きは濫獲の幣起り年を逐ふて採捕高減退し十四五年前に比すれば十分ノ一に達せず去る二十八年県庁に於てこれが取締法を発布し未だ其結果明ならざれども必ず好結果見るに至るべし。

本年は何漁に拘らず一般不漁なりしも魚価騰貴の為め漁民収利の点は平年より優れり。台湾我領土に帰し直接交通運輸の便頻繁なるに従い販路も漸次拡張し価格また従て上進の見込みあり。一昨年二十九年中大阪及台湾島に向て輸出したる重要海産物の数量凡そ左の如し。

 

品目

数量

価格

摘要

120,000

24,000

1/10は台湾島へ輸出

鱶鰭

40,000

12,000

 

海参(ナマコ)

30,000

15,000

 

夜光貝

40,000

4,000

 

高瀬貝

80,000

4,000

 

海人草

2,000

600

 

 

本県の水産業は尚幼稚の域にありて漁業製造方法等研究を要するもの少なからずといえども此等の方法を研究し当業者を啓発して斯業の発達を図らんとすれば相当の費用を要すべく然るに本県は未だ県税制不実施に付総て国庫にこれが支出を仰がざるを得ず故に県庁は毎年予算を編成して内務省にこれを要求せり。しかも其手当が内務省にして兎角算盤玉に賭せられかつ事業の発達進歩を図る上に注意を要せざる処なるを以て其必要を知らざるは無理ならぬ次第なれどもこれが支出を許さざるは当業者の最も遺憾とする処なり。本県下水産業の進歩発達せざる所以此等の点にありと知るべし。