1899年7月15日付 琉球新報記事 画像

○吉原理学士に就いて

目下通道なる池畑に宿泊せる大学院学生理学士吉原重康氏は横山理学博士と同じく本県の地質調査の為め東洋帝国大学より派遣せられたるものにして横山博士は単に本島のみの地質調査に止まり其滞在日数も僅かに一ケ月位に過ぎざるも吉原学士は本島より各離島に及び全県下の地質を調査し而して台湾と本県との地質の関係をも調査研究せん筈にて其日数の如きも凡そ本年中は滞在するならんと云う。因みに記す旧留学生茶和幹事に於いては学士着の翌日直に池畑に訪問して同会の為めに演説を請うたるに学士は博士と相談の上必ず出席して一場の演説を試むべしとの承諾を与えし由なれば今回旧留学生の開催すべき臨時学術演説会は益々其光彩を添え一般聴衆の利益に供ぜらるを疑わず。