1900年1月11日付 琉球新報記事 画像

海外交易調査会(続)

六 輸入后需要の状況

當時は其需要は多額ならざれども直輸入するに至れば其価額も減ずるを以て其需要は漸々増加すべし即ち其価格の如何に依りて大に其需要に影響を及ふすものなり。阿南緕トンビヤン綛の需要者は那覇首里にあれども前述へたるが如く其価額の減ずるに至れば追々各地方に需要あるに至るべし。

附比嘉氏の談

福州にチヤーラ木綿と称し地厚き木綿にして白地あり紺染せしものあり足袋の表に適すべし。其価額は紺染せしものは一反一円五六十銭なり。将来福州辺より本県へ輸入の望ある織物之等なるべし。チヤーラとは福州城のチヤーラ門と称する門外にある地名にして此地に於て多く製造せらるるものなり。

七 輸入の方法及其利益

織物も茶と殆ど同様なれば茲に略す。

雑貨

一 傘

傘の種類

傘は種類として掲ぐるべきものなし。然れども色に黒と青及綸あるものあり。又大中小あり其内日傘と雨傘あり。

産地

福建省福州府福州県台保境にして琉球館所在地なり。綸あるものは南台にて製造す。
此支那傘は支那にて使用するものにあらず沖縄向として特に製造するものにして現今福州に於て製造するもの一軒あり。原価大凡そ大は二十二三銭小は十五六銭なり。

集散地

今日本県へ輸入する傘は福州より上海を経て大坂に輸入し再び之を本県へ輸入す。其取引の状況は茶に同じ価額は一本に付何銭とす。従来は一円に付何本として売買せり。

運搬の方法 附荷造

搬運方法は茶と同じ荷造は大なる傘は百四五十本小なるは二百四五十本入を一函とす。

輸入額時期

年々輸入する傘は一万本内外にして其価額凡そ三千円なり。其時節一定せず。

輸入后の状況

今日の状態洋傘を多く用ゆるに至りたるを以て年々漸々減少すべし。但し女用及地方向は尚望あり。