1900年1月19日付 琉球新報記事 画像

渡清道中日誌(続) 半狂生


香港の客寓に於て

十四日晴

着船の声に目を醒す。時に午前七時前なり。直に上陸して皷浪嶼の山崎屋に投ず偶々石田坂本と云ふ人の同宿せるあり共に染織業者にして研究の為め上海より広東地方を遊歴し帰国の途に就くものなり。石田氏の如き京都府会議員などを勤むるの人にして支那服を着し支那風の寝食を厭はず以て支那内地に向て當業の研究を遂行したる熱心の風采は自ら言動に顕はれて頗る感心に堪えず種々有益なる談話を聞く。午后日吉警部を訪ひ果樹購入の依頼に対し満足なる周旋の労を取られたるを謝す。

因に記す。福州より携帯したる手荷物を改めたるに数個の紛失品あり即ち航海中籠の蓋を開き窃取されたるなり。船員の所為か乗客の所為かは知るに由なけれども支那人の油断ならぬこと概ね此の如し以て渡航者に注意す。

十五日晴

昼より知事に同行して新居留地を一週す。位置の適當を得たること曾て記したるが如し。誰か一臂を振て先鞭を着するものそ希は吾か沖縄に於て其人を見んことを。更に市中を散歩して帰る。