14.【尖閣列島の地誌的考察】

 黄尾嶼をのぞき他は全部石垣島、大浜、西表全島、小浜、与那国、性質を同じうする第三紀の微粒質の砂岩から成り時に粗粒質の砂岩、らく岩をはさんでいるが、之と同等のものは石垣、西表にもある。但し西表の租納らく岩系のものは見あたらない。

 要するに尖閣列島は之等の島嶼と以前地続きであり共に支那大陸の縁辺を形成している地質時代以後の変動に依り陸地の陥没によつて離れ離れになつたものである。
 又この列島は或期間殆んど海中に没し現在は隆起しつゝあると見なければならぬ。
 此の列島は霧島火山脈に包含さるべき鳥島火山脈中にあるので幾度か火山作用を受けている。現在も受けつゝあり地殻は多少共変動しつゝあることは見逃せない。
 第三紀層を貫いて閃緑岩時に溶岩が顔をのぞかせており地震、断層が多く、三百米余の突きつとした山の頂点から九天直下断崖の下は深海となつているもその為である。

 此の列島に海鳥糞より成るグアノはあるけれど、比較的燐こう石の少ないのは第三紀層の砂岩を主体とするからで大東諸島と異るのはその為である。

 【尖閣列島の生物層】

 絶海の孤島は通則的に生物相は単純であるが固有種が多いことになつている。尖閣列島も例外なくこの法則の範囲を出ていない。

 即ち動物はほ乳類約三種、両せい類一種、ハ虫類約三種、鳥類約十四種、多足類三種、クモ類約五種、昆虫類不明、陸産貝類約六種その他不明。内両せい類陸産貝類は殆んど固有種だと思われる。

 植物は羊歯類以上の高等植物が八七科一九六属二三四種二変種で内固有種。きく科一種、まつかぜそう(へんるうだ)科一種、しやくなげ科二種、こけしのぶ科一種、せんたい類、海も類不明となつている。

 【尖閣列島の植物フロラ】

 八七科、一九六属、二三四種、二変種之を科別に記載すれば次の如くである( この項略)

15.( 植物フロラ附)

 この目録によつて判然するように尖閣列島には羊歯類以上の高等植物が約八七科一九六属二三四種二変種あつて、その中コシヨウノキ、伊平屋島にあつて他島に無く、ノブドウは日本のものと型が一つで他島のものと異り、トゲイヌツゲは慶良間、石垣、西表をのぞく島に無く、トネリコバノイチゴは与那国をのぞく島に無く、ハスノハカズラ科の一種が他島に無く、コウシユンウマノスズクサが宮古を除く他島に無く、クワ本科の一種が他島に無い等興味をそそる問題で固有種と思われるものにセンカクアザミ( 多和田新称) クワザンジマ(つつじの一種)センカクツツジ(多和田新称)センカクホラゴケ( 多和田新称) 等がある。

 琉球列島を殆んど採集して後この列島に来て一番奇異に感ずるのは、琉球列島では普通な科がやたらにぬけていることでどうも歯のぬけたのをもてあます感がしてならない。

 【尖閣列島の植物生態】

 尖閣列島は地質上からは一様に第三紀の砂岩で占められているから余り問題にならない。
 気象上から日光の強いのも一様であるので取り立てゝ問題にする必要はない、(隆起珊瑚礁、砂地、閃緑岩露出地等は此処では取り挙げる必要のない程問題にならぬものである)。
 此処の植物景観を支配する因子は明らかに風衝である。即ち絶えざる強風と海岸からの傾斜が急なるため樹林を上から眺めると海岸から頂上へかけて一様な斜面を画き樹冠が相互に入り込み枝は押しつぶされたようで丁度毛せんを敷きつめその上をたやすく歩行出来そうな感じがする。
 毛せんからやや規則的に頭をもたげ髪を振り乱しているのは一人風に抵抗力のあるビロウのみである。
 海岸から灌木帯をぬけるにはその交さくした枝を避けるために四這いにならねばならぬ、それを過ぎると行くに従つて木は高くなり、頂上に近づくに従つて次第に低く終に灌木帯となる。即ち内部は明らかに弧を画いた格構である。
 森林全体を通じ湿気だ多いという證拠は樹皮といわず岩石といわずやたらにゼニゴケシダの着生していることで之は琉球何処に行つても見られぬ現象である( ゼニゴケシダは琉球でも台湾でも稀種に属する)。特に頂上附近の着生蘭類地衣類の豊富なことは言語に絶する。

 尖閣列島の森林は総べての観点から総合して熱帯林に属することは明らかである。即ち、

1、常緑蘭葉樹を主体とすること。

2、ヤシ類、木生羊歯、着生羊歯、まん茎植物を混じていることが之を物語つている、

然し面積が余りにも狭少であるため之を一一細別して論ずるのは人為的であり、無理が多いので大まかに左の如く大別して見様と思う。

A、海岸植物

イ、イソフサギ群叢
 之は直接海水のかゝる岩石地帯で此処に岩石を被うてさながらコケ類の如くひゆ科のイソフサギが付着している。

ロ、ミズガンビ群叢(イソフサギ群叢の上位)
 立地は隆起珊瑚礁のみから成る平地で風の強い日は直接波で洗われる。ミズガンビを主体とし岩の割目にテツポウユリ、ナカハノコソウ、シロバナノミヤコグサ、ハマアズキ、ハマナタマメ等がある。

ハ、クサトベラ群叢(ミズガンビ群叢の上位)
 海岸砂れき地、岩石地で直接波のかゝらぬ所、クサトベラ、アダン、モンパノキ、キダチハマグルマ、ノカラムシ等がある。

B、照葉樹林植物

イ、シヤリンバイ、リユウキユウアカテツ群叢
 シヤリンバイ、わい生のリユウキユウアカテツ、わい生のシロガジマル、リユウキユウガキを主体とし、オウハマボウ、トゲマサキ、マルバグミ、オワバギ、ネズミモチ、ハマヒサカキ、ギイマ、ハチジヨウススキ、ノボタン、サクララン、ホソバワダン等が生じている、林木としては殆んど価値なきものである。

 ロ、ビロウ、タブ群叢(略)

C、頂上灌木帯

 頂上は突きつとした岩石で占め縁辺は断崖をなし、風衝地帯となつているため、トゲイヌツゲ、クスノキ科の一種、センカクツツジ、ギイマ、灌木上のイヌマキ、シヤリンバイ、モチノキ等があり稀にコシヨウノキを生ずる。之等の樹枝にはイリオモテランの近種、ヨウラクラン、リユウキユウセツコクが所せまきまでに着生し、樹皮岩石には無数の地衣が所せまき迄に付着して奇観を呈する。
 センカクツツジ、ギイマ、モチノキにはヒノキバヤドリギの寄生を見る。
 樹下は腐植土で被われて泥炭状をなしセンカクツツジの下枝は下垂してしきりに発根し、リユウキユウツルコウジ、ヒトツバ、シマキクシノブの発育がよい。
 断崖にはシヤリンバイ、センカクツツジが密着し、シヤリンバイの白とセンカクツツジの赤が陽光に照り映えてしばしこうこつ境をほうこうせしめる。

 【結語】

1、生物学の理論方面から見た尖閣列島
 真に忘れられた島、世の中から隔絶された琉球の一番端にある小さい列島、尖閣も生物の通則から逃れる事は出来ない、即ち絶海の孤島は生物の数は少ないがそれに比し固有のものは多いと云うこと。

2、生物学の応用方面から見た尖閣列島
A、農林業上から
 イヌマキ、シマグワ等沖縄での貴重木があるけれども殆んど盗伐され、幼齢木は多いが適当の保護看視をしなければ将来全滅の恐れがある。然し之は世の人の公徳心にうつたえる他現在の所処置がない。
 タブ其の他の有用木が相当量あるが、之は自然のまゝ放置されている。経費の関係で之を利用することは不可能に近い、またこれ等は盗伐される恐れも少ない。
 気象条件その他を総合して考察すると、一度伐採したら( 皆伐に近い程) その後ここのかい復は甚だ困難であるからやはり尖閣の森林はそのまゝ放置して専ら魚付林として利用した方が賢明と思う。
 農業上からは一顧の価値もないと見てよいと思う。

16.
 即ち

a、余りにも先島群島から離れていること、しかも港が無く、潮流は早く風波の荒いこと。

b、耕地が殆んど無いこと。

c、人命を危うくする蚊群のせい息すること。

d、外敵(海賊等)の防備をしなければ人命が保證せられぬこと等である。

B、漁業上から

a、島の周辺を潮流が流れているため魚族の多いこと。

b、海鳥が小島等に多数せい息しているためその糞便が海へ流入してプランクトンの発生を助長していること。

c、魚釣島の原生林が自然の魚付林をなしていること。

d、魚釣島には淡水が各所にあり飲料水に好適で、薪炭も多く、適当な方法を講ずれば漁港として使える事。

 等から推して水産業方面からは確かに重要なポイントだと思われる。しかし水産業もそれ自体で成立つものでなく、絶えず林業その他の方面の援助を必要とするので全然林業上から、尖閣列島を度外視してはならぬと思う。

C、その他
 尖閣列島滞在わずか十日で全部を知り盡すことは神ならぬ人の思いも及ばぬ事である。
 今度の調査団は色々の点で欠点だらけで先ず苦言を呈すれば落第である。なぜなれば

1、公式に調査団としての手続を経ていなかつたこと、その為雇船する為に無駄に時間をつぶした事。

2、調査研究の方法に対し無智な為め日程コースが逆になり此処でも無駄な時間をつぶした事。

3、調査研究用具が各人の不用意により準備不十分であつたり切角用意したのを不注意の為紛失させたりして他人の用具等を使用し大いなる損失を与えたこと。

 等数えあげれば相当ある、かゝる調査団は或意味に於て生死をともにするものであるから、それへ加わる人物の調査等人選にも細心の注意を配る必要があると思う。
 かかる調査は今後もあることであり、そのため小職は参考までに書き残す次第である。
 要は調査団一行が各自反省してこの経験を生かし、これが線香花火的に終らず世のため人のために働くことが出来たら幸と思う。

                                ( おわり)

編者註:紙面構成の都合上、文中の句読点を追加変更しました

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