13.

 二時間後には一行は次山に達していた。
 峰通り一帯には無数の蘭類羊歯類が樹幹に付着しているし、崖にはセンカクツツジが満開している。
 小躍りして喜んだ一同は片端から、これを採ろうとする。 私ははやる心を押えなさい、あれを見よ、あれが最高峯魚釣岳だ。
 トケンの血を吐いた如く真赤に岩山を染めているのはセンカクツツジだ。向うには蘭類もどつさりあるから向うで採る様にしよう、御昼の弁当も最絶頂で天下の絶景をきわめながらやろうじやないかと云うた。皆が賛成してすぐ行軍を続けた。

 一時間で魚釣岳の麓に着いた。我々のたどり着いた場所が幸にも登り口であつた。木はだんだん低くなつてこけむし、土は柔かく岩石も肌は皆地衣類やセンタイ類で被われ、切立つた岩へシヤリンバイやイヌマキが強風に振い落されまいとしがみついている有様が南画で見るすみ絵と全く同じだと感じた。

 こんな景色は此の列島を除き恐らく琉球にはあるまい。木の根木の枝を頼りに或は岩と岩とせまくなつた所を腹這いになつてやつと頂上に達した。
 何十万年否何百万年それよりも遠い遠い昔、国の出来初めから幾多の天災地変に出会い今やつと辛じて残つたこの絶頂、支那大陸と地続きであつた時代、それから三回も琉球列島が海底に沈み、又浮上り其の間に陸地が離ればなれになつて各島々が出来たのをこの絶頂は見たであろう。
 も早年ふり岩石はゼイ弱となり崩壊の一歩手前まで来ているのである。南側は三六二米の恐しい断崖で一寸体をのり出せば死魔の引力で今にも引ずり込まれそうな気がして肌に粟を生ぜしめる。

 出発の際に頂上で小便をたれると豪語したのも居たが結局それは豪語に終つた。各人が適当な岩を背にして御昼の弁当を開いた。
 御土産の蘭類センカクツツジは各人のリユツクサツクを満たした
 私は岩石に付着した珍らしい地衣類を幾種か採集した。今まで伊平屋島でしか採集することの出来なかつたコシヨウノキを採つたのもこの頂上であつた。

 さらば魚釣岳よ、恐らく再び君と会う日はあるまい、限りある人間の命、あゝ俗塵、慾に明け暮れ自分よりすぐれた人を引きずり落そうとする有象無象、淋しさは私一人のみであつただろうか

 私はこの辺で採集記の筆をおき度いと思います。
とに角翌四月十九日午前八時小雨そぼ降る魚釣島に分れを告げ、時化気味で波も荒かつたが、我々は勇をこして出発しました。

 夜中船はバリバリ音を立てた、波は我々のデツキを洗い、ずぶぬれのまま丸二十一時間、ゆられゆられて四月二十日午前十時ごろ石垣港に無事に着きました。
 皆の顔がやつれて目が落ちくぼんでいました。私のぼうぼうとしたひげを見て笑う人もいましたが私は笑う気になりませんでした。
 桟橋に下り立つた皆の顔を見て私が涙ぐんだのは事実です。

 なお、それ以上尖閣列島について知りたい方は、お便りでもお願いします。

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