二.宿営地
舟着場には鰹の頭や内蔵が惜気もなく捨てられ腐敗臭がそよ吹く風にぷんとして鼻をつく。船酔いと臭気で目暈がしそうになる。
ふらふらしながら廃きよの楼門をくぐつて中に入つた。積み重ねられた石垣は第三紀砂岩であり厚さ約三米高さ約四米実に堅固である。風波を防ぐための石垣であるが故三方には出入の出来る程度の楼門がある。この囲の中に二坪の幕舎と約三坪のビロウ葺の仮工場が設けて居り無人とう生活の空気がみなぎつている。
そこで私も五人の加工場の仲間入りをしこの幕舎に泊めてもろう事にした。こゝには清浄な小流水があり実に佳良な飲料水が得られる。近隣にはテツポウユリの花が咲きほこりキセキレイ、ホホジロセキレイ?がせつせと飛び交し、タカサゴシヤリンバイの花の香が鼻をつく実に住みよいところである。
ヒチロウネズミ?が人目をぬすんでちよこちよここう動している。地面が動いているので早速掘り出して見たらジャコウネズミであつた。アヲスジトカゲ、オキナワトカゲ?が石垣の穴から出たり入つたりしている。三毛猫(野生化)が鰹を盗みに藪影からのぞいている。カモ、カモメの一種が時たま訪れて来る。
このような周囲の状況からみるとここが無人島中の大都会でありこれ等の自然が吾々の心を慰めてくれる。
三、北岸踏査
二十八日午后一時早速調査採集に着手、これからが単独こう動である。北部海岸に沿うて東北に進む。砂浜が殆んどないので海岸砂地植物は到つて貧弱であり、クサトベラ、モンパノキ、ハマオモト、グンバイヒルガオ、ハマナタマメ類が僅かに点在している。これらの植物はすべてが無人島育ちの趣を添えて人待ち顔に見える。
宿営地の東北方約三百米の地点にはムサシアブミの小群落があり、付近の岩影には人間の白骨が重なつている。疎開途中に遭難した人々らしい。無人島で哀れな最期をとげられた人々の為にしばらく黙とうを捧ぐ。
沿岸岩地にはガジマル、アカテツ、イヌマキ、リユウキユウガキ等が荒れ狂う風波のために、多くは一米位の高さで曲折し灌木状に育つている。しかもこれが斜面に沿うて圃つている様は実に面白い。
午后二時半沿岸砂地ハマゴウの中に蛇を発見したが取り損ねてしまつた。
逃げ場は朽木の根元である。周囲の状況から判断してみるとこの穴が棲息所らしい。上陸早々蛇にぶつかるとは余程この島には蛇が多いものと思われた。
目前に赤褐色の裸をみせた大岩小岩が重なりころがつて居り地殻の大きな変動の跡がみえる。その中央にたつて高い所からみ渡すと約二十町歩位ある。断層を見ると閃緑岩?を基岩としてその上に第三紀砂岩がのつて居り所々に泥板岩を噴き出している。又石炭層が五六糎の厚みではみ出ている。
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