無人島探訪記


六、小蛇の生捕

 午后二時昨日取り逃した蛇を生捕りに行く。予想通り棲息所の穴から出て、日当ぼつこをしていて人間が接近しつゝあるのを知らないらしい。
 生捕るには丁度都合が良い。今度こそ取り逃がしてはならない。きづかれなように匍うて行き、岩影に身をかくし、そこで双眼鏡、胴乱等を肩から下して身軽になる。
 蛇の逃げ場と頭をめがけて岩影からさつと飛び込み、左足で穴をふさぎ両手を以て頭と尾を押さえ難なく生捕る。
 一人苦笑しながら凱歌をあげて宿営地に帰る。

 長さ八十三糎、シユウダ科のナトワリツタスに属する一種である。
 夕暗迫る宿営地上空にはリユウキユウツバメの一群が旋回遊飛しているのが目撃される。

 ※(以下は宿舎を出て、西海岸を北に向う記述であるが、原稿の前半部が抜けている)

……植物はすべて根こそぎにされて腐朽しており、新にススキ類、ナンバンキセル、ボタンニンジン、イリオモテアザミ?、クサスギカヅラ等が点在的に生えている。
 後で漁師より聞いて解つたが、この一帯は先年(一九四七年?)の地震によつて山がくずれたものらしい。
 大岩から小岩へ、小岩から大岩えと時々巾飛して渡らねばならない。時たま飛び損ねて岩と岩との間に落ち込んだり、或は向う脛を打つたりして実に歩き難いところである。岩盤の間から清い水が流れており、やはり飲料水として佳良である。

 北方水平線上に小島が浮いて見える。これは北緯二十五度五十五分、東経百二三度四十分、永久危険地区として指定された黄尾島である。
 双眼鏡で見ると海岸は概して断崖絶壁をなして居り、中央部は山丘になつている。
 この黄尾島こそ農業上関係の深いところであり、海洋鳥も又多いところであるが惜しいかな危険地区に指定されて調査が出来ない。
 数十年前は島の海洋鳥及び鳥糞が資源として重宝がられ当時移出産物になつていたという。日は既に西海に傾いて居り、夕陽あびながら宿営地に帰る。

七、西岸踏査

 沿岸植物を求めて今度は西海岸を南進する。これ又砂地が殆んどなく北岸と同様に第三紀砂岩が汀線に傾斜露出して居りあるいは所々に珊瑚礁が舞台状に縁着している。
 従つて砂地植物は殆んどなく岩上にイヌマキ、マサキ、ガジマル等が生えて居りその生態分布の状況は沿岸と大した差はない。鳥類ではリユウキユウアカシヨウビン、シロサギが目につく、第三紀砂岩の断崖絶壁に遭遇して路頭に迷う。
 仕方がないので草を踏み分けて、断崖上を宇廻したが再び断崖に遭遇してしまつた。
 進退極まつて進むことが出来ない。進路を変えて後退し汀線の断崖を下ることにした。装具が邪まになるので先づ双眼鏡、水筒胴乱等を縄で下にし裸足で一歩一歩下る。眼下には砂岩の大がころがつて居り崖に岩コケが生えている。時々すべつて頭の毛がさつとする。
 漸く地獄崖を通り汀線上を南岸に廻つたがここで再び火山岩の絶壁に遭遇した。眼下は青海原であり完全に進路を阻止された。

 東方には北小島、南小島が手に取るように見える。魚釣島南岸の断崖上には岩骨の突出した山があり近くの断崖はテツポウユリ、キキヨウラン、サクラランが見える。
 海岸にはヒノキ、カタン、ラワン、米松、スギ等の流木が打ち上げられているが、何れもフナムシが深く侵入して居て用材としての価値なく薪以外には利用出来ない。
 しばらく休息の後再び地獄崖を通つて帰路につく。

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