6.

 白い煙が中天に立上つた、魚釣島の南岸に五六隻の発動機船が波間に見えかくれするけれども何の手応もない。
 一時間、二時間、あゝやつて来た、大波にゆり上げゆり下げられながら、だんだん近づいて来た。よく見ればそれは二本マストの日本船らしいもので横目でこつちを見ながら島影に消えた。

 私は袋を肩に卵の採集に出かけた、食糧の足しにするためである。後ろのしや面に登つて行つた。カツオドリは風の方向にクチバシを向け今日こそは侵略者は来んであろうと安心し切つて巣についている、私はずんずん断崖の根元まで登つて行つた。

 それから逆にゆつくり下りながら卵の採集にとりかかつた。
 即ち風下から行く戦法である、風が強いので、勿論私の足音等はきこえない。上から下へ下りて行くのだから、カツオドリの位置は丸見えである。
 私は小岩の影を這うて行つた、ヒヨイと顔を出したら二羽の鳥が顔を見合わせ、どうしてよいか分からんという格構をした。手をあげて打つ真似をしたらあたふた転げながら、やつとグライダー式に滑走して逃げた、実にこつけいな姿であつた。
 次の岩影からヒヨイと顔を出した、今度は一羽の鳥が鶏が翼の下に顔をつつこんで寝る格構よろしくという体だ。
 オイと呼んで見る、答えがないオーイと叫んだらヒヨイと頭をもたげ、えもいわれぬ格構をした。私は其処を立去つた。

 その次からつぶてを投げ、たやすく飛び立つたものの卵ばかり採集した。凡そ五六十個は採つたろう、私はずぶぬれになつて洞穴へ帰つた。帰つて見たら高良氏と琉大生、松本君、上運天君、新垣君の四名はカツオドリの測定や剥製に懸命であつた。
 雨の一日も淋しく暮れ、たき火を囲んで雑談にふける。此処に来てから殆んど顔も洗わんし、飯ごう炊さんでよごれた手で時々ツルツと顔をなでるし、ヒゲは伸び放題と来ている。
 たき火にゆらいでいるその姿は山賊そのまゝだ。どうだ、此処に妙齢の女調査団員でもいたら第二のアナタハンものだな、一同がどつと笑つた。
 笑いながら剥製でくずになつた肉をくしにさしては火にあぶつてむしやむしやほおばつている。
 おいおいまるで紀元前百万年の映画そつくりだよ、わつと洞穴内がゆらいだ。

 真夜中、火の側に寝た関係で右の眼がづきづき痛み寝れぬまゝ考えにふけつていると入口に寝た高良氏がしきりに寝苦しそうに寝返りを打つている。
 どうしたのかと問うたら、入口からの風で背中がぞくぞくして寝つかれぬという、じや交替し様自分はこれからおし葉標本を乾燥せねばならぬからとて交替した。

 雨は晴れ上がつているが風は強い、月明を頼りにナタを持つて海岸のモンパノキを切り倒しておし葉乾燥用のロストルを作つた。
 プレスのおし葉を上下交互にひつくり返して不寝番をしながら乾燥作業に当つた。

 海上ではミズナギドリが夜間作業を終え北小島のねぐらへ帰るのであろう。海鳴を圧して何十万もががやがや沖の方で鳴き立てゝいる。夜明だなと思つていると次第に洞窟の入口が明るくなつた。

 眼は痛むし、無性に寝い、そこに心のゆるみが生じ手で支える代りに紐でプレスを吊そうと色々工夫したのが間違のもとだつた。
 竿の先に紐をくびろうと上にばかり気をとられている中に新聞紙に火がついて二個のプレスが火だるまとなりふみつぶすやら水をかけるやら皆が総立ちになつて大騒ぎを演じた。
 お陰で半こげの余り価値のない標本が出来上がつた。狂おしい感におそわれた。
 まゝよと頭をかゝえグルツと横になつて寝入つてしまつた。

 四月十三日は終日曇天で波が荒く魚釣島への出航はとても不可能だという事が分かつていたので一同食糧補給のためカツオドリと卵の採集に出かけた。
 私は留守番をすることにした。食延しにした米はいよいよ残り少なになり、テントを拡げてブリキカンに溜めた飲料水は切れ、海鳥の糞便をくぐつて来たすつぱい飲めばますます喉のかわく辰の水に一同がいらいらし、大殺りくに出かけて行く後姿に同情の念禁じ難しという訳で、何とか工夫は無いものかと色々考えた末、私は洞穴付近の小高い岡に枯草を集め非常信号のノロシをたいた。

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